辻真先『『鉄腕アトム』から『電脳コイル』へ アニメとはなにか』。
ご存じ辻さんの新刊、『『鉄腕アトム』から『電脳コイル』へ アニメとななにか』(松籟社)が出ました。
なぜ「ご存じ」なの? と不思議に思われた方、お手数ですがこのブログ内検索で、辻さんを検索してみてください。
さて、本書帯文には、「「鉄腕アトム」「サイボーグ009」「ジャングル大帝」「サザエさん」「デビルマン」・・・・・・1500本超の脚本を書いたアニメ界の巨星が綴る日本アニメの過去、現在、未来 ―」と書かれてあります。
もちろんそうには違いないのだけれど、やっぱり辻さんが凄いのは、「いま」を語ってるところ。しかも御年77歳、喜寿を迎えても、こうれだけ膨大な情報にちゃんと対峙することができるってこと。人は、怠らなければ、日々進化できるんだ。最終章「『大江戸ロケット』と『電脳コイル』」」に辿り着いた頃には、嬉しさとともに、何だか胸がジーンと熱くなってしまった。
畏敬の念、などと言う堅苦しい言葉は辻さんの軽妙な語りに不似合だから、あえて、「憧れちゃいます!」と言うにとどめよう。
「わからないけど面白い方が、よくわかるけど詰まらない作品より遙かに上」というのが辻さんの持論。「作品」は「論文」にも「人」にも置換可能という気がする。「わからない」の中には、「なぜ?」と、「分かりたい」がいっぱい詰まってて、明日に繋がるから。
アニメは子どものものであって、卒業した大人には無用 ― ―という論議は、昔から存在した。たぶんいまでも世界の大半の大人はそう思っている。その人たちにはいたって耳障りのいい正論のはずだ。
だが。
大人はそれまでの自分の世界にしがみつき、子どもはこれから始まる未知の世界に憧れる。固くなった頭の持ち主と、柔軟な頭の持ち主の、どちらがよりよい未来に適合するだろうか。
自分の足で一段ずつ踏んで登ってゆく者が、光を浴びることができる。・・・・・というのは、オープニングのタイトルバックにこめられた主張だ。
決して声高ではないが、誰もが耳を傾けるべき作者の本音、そう思う。思うだけではない。『コイル』での大人と子どもの扱いは、本書がしばしばくり返した願いと色濃く同調しているはずだ。(本書P.209)
未来とは、いま現在の変化の先にある。変わることを怖れる者に、光あふれる未来は訪れないとするならば、この際、実年齢なんぞはさっさと忘れて、思う存分変化を楽しめば良い。
ちなみに辻さんは、筋金入りのテッチャンにして、大のジェットコースター好き。山あり谷あり、くねくね道あり。けれどたしかなことは、必ず誰もが終着駅にたどり着くということ。せっかくだもの、キャーキャー悲鳴を上げながらでも、スリルを快感に換えてしまえば良いのです。







