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2005年7月31日 (日)

がんばって、いきまっしょい!

このまえ本屋で立ち読みをしていたら、40代の女性が「若さ」に拘ってしまうのは、黒木瞳の存在故だと書かれていた。つまり、以前なら皺やシミができて顔に年齢が現れたり、肉付きが良くなって体形が崩れても、それはそれで、「もう40代、そろそろ年なのだから仕方がないわ」ってことで済まされたのに、黒木瞳のおかげで、努力が足りないことにされてしまうから、ツライってことらしい。
何だか、わたしにはゼンゼン分からないけど。そりゃぁ同世代として、彼女はそれなりに頑張ってるとは思うけど。ついでに言えば、「黒木瞳的女性」が受けるのも、いかにも日本らしいって気がするけどね(笑)。まあ、すべからく目出度いわけだ。あっ、コレ、嫌み? 嫉妬になっちゃう? だって、一緒にいても話題、乏しそうでしょ。実物知らないから、あくまでもイメージだけど。
いや、黙ってても絵になるし、にっこり微笑まれたら、ぜえ~んぶ優しく受け入れてくれそうだし、だからまぁ、それが良いのかもしれないな。でも、それって、退屈じゃないのかな。ゼッタイ惚けるって。そりゃたしかに、あれこれしゃべりまくって、頼まれもしないのにツッコミ入れて、おまけに論戦し掛けてくる、なんて疲れるだろうけど。別にこれ、センツルのことではありませんけどね。
立ち読みしてた雑誌を戻してふと横を見たら、やっぱり別な表紙で瞳ちゃんが微笑んでました。まあ、瞳ちゃんに憧れて、ああなりたいと夢想して、エステに行ったり、ヨガやったりするのも悪くはないよ。お金使えば多少は景気も良くなるだろうし。やる気があるならやった方が良い。
でもね、次から次へと難題が振ってきて、それに立ち向かって乗り越えて行く、その方がタダで手軽で細胞活性化に効果大なんす。泣いても仕方ない、か、泣いてる場合じゃない、か、まあそのどっちかで、ブイブイ飛ばしてると、人の目なんてどうでも良くなるもん。過去に戻りたいなんて、金輪際思わないし。わたし、最近言われたんです。20年大運天中殺だって。でも、来年には明けるらしいよ。さてさて人生どうなることやら。思わずワクワクしちゃって、元気出てきたもんね!!



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2005年7月29日 (金)

助手一座、旗揚げ?! N大文学部へ、いらっしゃい♪(2)

まだまだ続きはありますよ。専攻だけではありません。メンバーの、なんとナントモ個性的なこと。近くのスーパーで出会える凡庸なセンツルはさておいて、ここ大学でしか目にできない正統派、ニッポニアニッポンのような筋の通った研究者、おばさま方もうっとりのジェントルマン、まだまだいます、慌ただしい日常をしばし忘れさせてくれる癒し系、はたまた愛嬌溢れるユニーク系。金子みずゞじゃないけれど、「みんなちがって、みんないい」。
こうした面々を思い浮かべ、いま改めて思うのは、なぜかここに意地悪な人はいないってこと。上・下ではなく、互いに対等な関係だから、風通しが良くって、しかも人に依存しないからかな。
言うまでもないことだけど、大学という組織の中で、「権力関係」に最も敏感なのは、助手、助手ですよ。自分がやられて嫌なことを、人にしないのが信条なんです。
自らの専門性を生かし、授業展開、プレゼンテーション能力に磨きをかける。研究費だってわずかとは言え、ゲットできればコレ幸い。
部局にしても、「N大」ではなく「N大文学部」の広報活動を買って出る一座の存在は、願ってもないではないの? もう、ゼッタイぜったい採用すべし!もうすでに、部局間の熾烈な競争は始まっていて、N大は依然として大名商売をしているけれど、文学部に限って言えば、未来はハッキシ暗いのだもの。
邪悪な視線を飛ばし合いながら、権力闘争に明け暮れる、ハブとマングースは勝手にどうぞ。人を使うのは当たり前、ではないのだよ。まず、自分で動いて惚け防止、だと思わない?
真のプライドを賭け、さあ一緒に飛び立ちましょう。みんなで力を合わせれば、楽しい未来も待ってるはず。待っていなけりゃ、いっちょ創るまでのこと。
さてさてまずは目を惹くカッコイイ、幟を作ろうじゃぁ、ありませんか!


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助手一座、旗揚げ?! N大文学部へ、いらっしゃい♪(1)

当たり前のことだけど、ピンチ、は、チャンス!である。
遅まきながら、勤務校のわたしが属する部局にも、構造改革の波がやって来た。
その先陣を切って、助手の職掌見直しが図られることになった。まあ、いまのところ納得できない、いやそもそも納得なんぞしたくもない方々もいるようだけれど、ひとたび始まった動きは、止められるはずもない。
そんな変革の第一弾として、お金をあげるからプロジェクトを立ち上げろ!とのお達しがもたらされた。けれど募集期間は短い、短すぎる。しかも助手は、不確定要素に不安を覚えながら、新たな航海へと漕ぎ出さねばならない。お荷物と呼ばれることなく、体の良い雑用係に追い込まれないように、ここは思い切って、積極的に打って出るべき時じゃない?
そこで閃いた、閃いちゃったもんね♪
そう、文学部に関わる助手8名でチームを組んで、お呼びとあらばどこへでも、出前授業に出かけるのです。私立大学の方々からすれば、何を今更でしょうけれど、でもでも寄って見て聞いてちょうだいな。チームなんです、つまりは一座! お客さまは、進路決定に悩む高校1・2年生と文化講座では満足できない中高年のみなさまに限定。
座員8名の専攻はと言えば、考古・美術史・心理・社会・西洋史・東洋史・仏文・日本文学。
さあ、どうだい! 悠久の時を超え、紀元前は南米の遺物にふれてみたくはないか。歴史と言っても、なんとまあ、ガンジス流れるインドだぜ。おまけに冬ソナのお国から、国境を越え、今を生きる移民の日常を優しく語ってくれるって言うじゃない。駅前までも行かずとも、イブンカコウリュウできますよ。
専門のひとつやふたつでは興味の持てない学生も、これなら退屈せずに済みそうだし、知的好奇心を満たしたい中高年の方にも魅力的だと思いませんか?!



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2005年7月23日 (土)

いきなり全開!

今年は春あたりから、去年までの閉塞感が嘘のように新しい出会いに恵まれている。いや、新しいというより、以前からの縁がしばしの時を経て、再びの出会いの時を迎えたという言うべきかな。研究に関わることも、望ましい展開が続いている。ひとりで、ピンであれこれ考え書いてきたことに、時代を超え専攻を超えた方々が興味を抱いてくださって、原稿依頼もいただけた。
日本語表現に関する参考書作りも、来春発刊を目指していよいよ動き始めたし、瓢箪からコマの新たなプロジェクトも始められるかもしれない。このプロジェクトが運良く実施の運びとなれば、「学際的」と評すにふさわしいものになるはず。いっぱい学ばなければならないけれど、それはそれでやってみようと今は思える。
そして、忘れてはならないわたしの根っこ。これもかつての縁によって、材料を提供して頂けたし、強力な協力者も得られた。
何だかカラダ中の細胞が急に動き始めた気がする。もちろん、体力なし脳みそ少なめのわたしのことだから、全開なのはキモチだけなのだけれど。
これだけ一斉にあれこれ動き始め、しかも集うメンバーが一人として重ならないのに、わたしがストレスを感じないのは、最後はナントカしてくれるという信頼できる協力者をそれぞれに得られたからだろう。ホント、人の褌ならぬ才能で、相撲ならぬ愉楽の時を体感させていただいて・・・・・・感謝・感謝♪
そもそも、粘り強さに欠け、しかも移り気なわたしは、「この指と~まれ」と声を出し、一緒に組んでも良いよという仲間を見つけ、ワイワイ楽しく仕事をする。そして当初の目的が達成されれば、じゃあまたね、と各自が居場所に戻って行くという緩やかなつながりが好きなのです。仲良しごっこや会の存続こそが第一義というのはとっても苦手。けれどそういう濃~いつながりって、多かった気がする。今もわたしが避けているだけで、あちことにあるのだろうな。濃いのは恋だけで十分じゃない? ナンチャッテ。
毎度毎度かわらない顔ぶれで、話す内容も十年一日のごとし。新規参入も皆様のお眼鏡にかなう人ばかり、なんていうのはわたしには無理。なんだか面白そうってノリで、知的好奇心を刺激し合える出会い、その瞬間を逃さず楽しんで、新たな分野にチャレンジあるのみ! 迷ったら、楽しそうな方に行く、ってことですね。
とは言え、やっぱり体力と脳みそが問題ではあるな。う~ん。


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2005年7月10日 (日)

両手に、いや、後ろに花!

同窓のAクンからメールが届いた。内容は「ジェンダーフリーバッシング」問題についての呼びかけ文である。すでに個々のMLでご存知の方も多いと思うけれど、このところ政治家が、平然とジェンダーという用語の使用禁止や大学でのジェンダー関連講義の廃止を口にするようになってきた。こうした事態を受けて、ジェンダーフリーバッシングに関連する情報の迅速な共有をめざして、MLの整備が求められているわけである。
もちろん私も早速に、Aクンからのメールを知り合いに転送し、かつ、MLに参加した。
以来、日々届くメールを見ていると、全国津々浦々、発信者の広がりと、この問題に興味を抱く人々の多様さを実感する。同時に、問題ありと批判を受けた某HPが更新されていく過程も、昨今の情報戦?を想像させる。どうやら、バッシング側は、「つくる会」のメンバーとも多く重なるらしいって。さもありなん。
そんな折り、以前にも紹介した信田さよ子さんのブログを見ていたら、イ・ビョンホンの写真集を出版したのが扶桑社だということで(ちなみに、アノ歴史教科書もここから出ています)、韓国で問題となったとき、日本の週刊誌『女性自身』が、「負けないでビョン様!」という見出し記事で応援していたそうな。
信田さん曰く、「でもいったい何を応援してるのだろう?」って。ほんと、このズレ加減、スゴ過ぎる。笑ってる場合ではないけれど、でも、思わず笑ってしまった。
まあ、個人的にはイ・ビョンホンより、T大のUさんとT大のEさんとともに呼びかけ人に名を連ねたAクンの方が、愉快だった。50音順ってことで、著名な社会学者anegoふたりの前に自分の名前を置いて、送信ボタンを押したAクン。古典研究者も捨てたもんじゃないよねぇ~~♪

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マイ蚊取り線香(2)。

かつて11年間非常勤講師として通ったA大学で、10年目と11年目の2年間、授業に割り当てられたのは1階の教室だった。クーラー、もちろんナシ、網戸、なぜかナシ。窓の外は緑豊かなと言えば聞こえは良いけれど、少なくとも夏休み前までは刈られることのない草が威勢良く密集している。ちょうど梅雨時、お湿り程度に降った雨があがり、薄日が差してきた頃というのが、一番マズイ! 90分で10箇所以上食われると、もう正直、授業どころじゃナイです。
そこである日、事務にあった蚊取り線香の一時借り出しをお願いした。その翌週、授業に出かけると、なぜか受け入れ研究室のM先生が、教室の前で私を待っています。どうやら「あの蚊取り線香は事務室所有のもの。非常勤に貸すなんて!そういうことは、受け入れ研究室で対応していただきたい!!」と事務から申し渡されたようなのです。所詮、事務「官」に「サービス精神」なんぞ求めても無駄です。そこで大学に隣接する官舎にお住まいのM先生が、ご自身の蚊取り線香を授業前に設置して、私の到着を待っていて下さったというわけ。もう、恐縮・恐縮。
「渦巻き型と電気用と、どちらがお好みかわかりませんでしたから、今日はふたつ用意してみました」という有りがた~いお言葉と共にガラガラと開かれた引き戸の向こうに広がるのは、一面の靄? 烟のなかに、それと覚しき学生たちの姿がありました。先週、蚊と激闘し、「あなたたち、食われないの?」と涙目で問うた私に、「我慢しているだけです」とけなげに応えた学生たちは、燻されつつも静かに待っていてくれました。
M先生に丁重にお礼を申し上げ、その後ろ姿を見送った後、「ごめんね~」と言いつつ、蚊取り線香をひとつに減らしたことは言うまでもありません。
そして夏休み明け、漸くこの教室に網戸が取り付けられました。とは言えすでに季節は秋。まあ、来年からは大丈夫! と心秘かに喜んでいたら、独立法人化の影響か、私のコマは無くなりました。
網戸の恩恵はほとんど受けられなかったけれど、A大学で出会った学生さんたちは、「イイ奴!」が多くて、楽しい11年間でした。そして最後には、受け入れ研究室の先生方がポケットマネーを出し合って、図書券と心温まるお手紙を下さったのです。非常勤先でのこういう経験は、初めて! 感激でした。

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マイ蚊取り線香(1)。

今日は勤務校が事務局となっている学会があった。この時節になぜか名称は「春季大会」。ちなみに秋季大会は12月。名称変更、実施時期の変更を誰も言い出さない。だからずっとズレたままである。
会員のほとんどは卒業生なので、通常は内輪でこぢんまりのことが多いけれど、今回は昨年着任した先生のお披露目の意味もあり、他大学から講師をお招きしてのシンポジウムと相成った。事前の宣伝も効を奏し、北は宮城、南は福岡と、遠方からも参加して下さり、盛会で良かった。
蒸し暑いなか、資料の刷り増し印刷に走ってくれた院生の皆さん、感謝、感謝です。おかげで私はいつものことながら、関所の門番よろしく、ずっと受付に張り付いていることができました。毎度毎度、代わり映えのしない顔で、会員の皆様には申し訳ないけれど、今日のように同じ建物で4つの学会および研究会が催されているような場合は、目印にはなるだろう。
4つのなかにウラル学会というのがあった。どんな発表をするのかな? チト興味がわく。現代アフリカ社会に関する研究会は、研究会終了後、中庭でバーベキューを始めたぞ。和気藹々とお肉を突っつきビールを飲んでいた。あの手慣れた雰囲気からすると、おそらく慣例になっているのだろう。懇親会もいろいろです。
さて当方の懇親会は、学内のレストランで行うのが常となっている。ただ、土日の場合は売り上げが10万円を超えないと営業してくれないので、万年幹事としてはツライ。院生相手に事前に出欠席を問うと、「強制」「脅迫」と受けとられる恐れがあるので、ただただ「できるかぎり出席してね」とお願いするだけ。当然のことながら、お願いはお願いでしかない。予約時には人数が確定しないので、学外のお店は無理だし、ケータリングというのも、かえって割高、かつ、後片づけとゴミ処理の問題もある。だから結局は学内施設、目指せ10万円!に落ち着く。でもでも、アルコールの追加を含んでトントンにしなければならならず、これまたなかなか難しい。
ところで、受付担当時の必需品は何かと問われたら、私は迷わず「蚊取り線香」を挙げる。ちなみにマイ蚊取り線香は、ブタちゃん型で、スイッチのところがクルリンしっぽになってます。降ったりやんだりの梅雨時、玄関ロビーの受付に、蚊取り線香は欠かせません!


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2005年7月 2日 (土)

訳あって、「禅」。

子どもの稽古事が終わるのを待つ間、いつものように本屋のなかを散策した。結局今日の購入書は、鈴木大拙『禅学入門』(講談社学術文庫)と芳澤勝弘『白隠―禅画の世界』(中公新書)の2冊。いま気付いたのだけれど、前者の表紙には目立たぬように、「大文字版」と書いてある。どおりで読みやすいわけね。もちろん、中身、ではなく、文字面、の話。
ホント最近、学生から受けとる授業資料が、節約のつもりなのだろうけれど、縮小を重ねた資料の切り貼りで埋まっていると、思わず、「ケンカ売ってんの?!」とこめかみがピクピクするようになってしまった。あぁ、情けない。0.01にも及ばないド・近眼にもれなく乱視が付いてきて、裸眼では危なくて外出できないこの30年だったけれど、いよいよ3つめが進行しつつあるのかな? まぁ、抗っても仕方ない。時の流れに身を任せ~~♪諦めるしかない。
そう、問題は「禅」です。正確には「禅宗」なのですが・・・・・。思い返せば数年前、留学中の友人のメールに、ずっと鈴木大拙を読んでいるという一節があって、日本で読むのとはまた違う感慨があるのだろうなぁ~、日本を離れたことで改めて自己と対峙しているのかなぁ~、と遠く離れた彼女の日常の静寂に、思いを馳せたのだった。
けれど今回、わたしの場合は、深い思索や内省のためではゼンゼンない。「超」が付くほどに現実的な動機による。そもそもわたしには、悲しいほどに、持久力というものがナイ。占いでも心理テストでも、「あなたの性格」という項には必ず、「粘り強さに欠ける」と書かれてあった。まぁ、そのとおりだから、仕方ないけれど・・・。体力がないのもおそらく理由のひとつ、とにかくあっさり和食系、詰まるところ、「浅い」わけです。 

とは言え、動機が不純であろうと、中世後期、地方の宗教活動、とくに禅宗のそれ、なのであります。だからホントは、鈴木大拙から始める必要は無いのです。でもそこはそれ、まずは文庫や新書で雰囲気づくり。
「心頭滅却すれば火もまた涼し」なんて境地には、どうしたって辿り着けないから、汗水垂らすことだけは厭わない心構えで、がんばりまっしょ!

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