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2006年3月15日 (水)

明日への手紙。②

 ところで、こうして記している小文も、こののち編集を経て、やがて3月にはあなたのお手元に届くことになります。その日あなたは、どんな一日を過ごしていますか。郵便ポストに小さく響く音に誘われて、すぐに封書を手に取り読み始めているのでしょうか。いや、疲れ切ったからだを携えて、仕事先から漸くのこと我が家に辿り着き、ただぼおっと机の上に置かれた封書を眺めているだけかもしれません。昨日とさほど変わらぬ一日だったとしても、皆にひとしくもたらされた24時間です。
 読んで下さったあたなに、一日の達成感と共に穏やかな眠りの訪れることを願っています。目覚めた朝には、輝く一日が待っている、そう信じられる勇気がもてますように。そう、わたしのもとにも「かはなやま」は届きます。できればそのとき、この文章を書いたことさえ忘れているほどに、一生懸命な「いま」を過ごしていたいと思います。今日よりもさらによりよき明日をめざして。  

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明日への手紙。①

久々の更新です。なぜさぼってたのか?って、そりゃもちろん、やらなければならないお仕事がなかなか終わらなかったからです。漸くそれらにひと区切りをつけて、さてさて更新と相成りました。ただし今回は、母校の会報に記した文章を転載することにしました。季節は春、新たな旅立ちのときです。


明日への手紙

 今日は2006年1月28日、土曜日です。新しい年も1ヶ月が過ぎようとしています。昨年末に「かはなやま」への執筆を命じられ、締切を数日後に控えた週末の今日、パソコンに向かうことにしました。聞けば「かはなやま」は本号をもって終刊となる由。最終号となるならば、南山での思い出を、大学で過ごしたかつての日々を、静かに記しとどめるのがふさわしいのかもしれません。けれどもそこはそれ、生来の天の邪鬼です。過去を語ることは、あっさりとやめることにしました。
 たしかに、「思い出」や「過去」ということばは、ときに魅惑的です。けれども、過ぎ去りし日々に思いを馳せ、心の奥にこみ上げてくる思いを語るその瞬間にも、時は確実に刻まれています。遥かな「あのとき」を、辛く切ない思いや、甘美な香りに結びつけているのは、まぎれもなくいまの私にちがいありません。いまこのときに生きるシアワセを、十分に味わい尽くせているならば、過去のすべては感謝の思いに包まれ、微笑みとともにあるだけです。あのとき感じた悲しみも喜びも、わたしという人間のなのに注ぎ込まれ、そしていまのわたしを形作ってくれています。ならば、過去、ではなく、いまを、いまこの瞬間を、しっかり見つめたいと思います。


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