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2006年10月26日 (木)

書くには書いたけど・・・・・。

今月末日締切の論文、ひとまず書きました。

締切に間に合わせたというだけで、中身はいまひとつ。詰めが甘くてもうひと押しが必要なんだけど。それは今後の課題ということで。いつもながらの、「つづく」であります。

ただ目下の問題は、添えることになっている英文要旨、なのですよ。

いやぁ~、しっかり半日かかりました。書くには書いたけど・・・・・これで良いのだろうか? それを見極める英語力もないのが悲しいところ。日本語で論文を書いているときとは、使う脳みその場所が違うような。おまけに、太くて強いゴムでアタマが徐々に締め付けられるような気もするし。

そーいえば、あの、ゴムを使ってコントをしていた二人組、何て言ったっけ? ひとりは眼鏡をかけててもうひとりは四角い顔で背が高かった・・・・・。ううっ、思い出せないっ。小道具といえば、チャンバラトリオはハリセンだけで、ゴムは使わなかったっけ?

あぁ、またまたアタマのぐるりが締まって行くぅ~。 

いやこれは、もしかして風邪? まぁそれも、明日になれば分かること。今夜はゆっくり眠るとするか。

でもやっぱり気になるあの二人組。。。。。。

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2006年10月25日 (水)

勝手にブログ紹介 ~「学校図書館とつきあう」~

大学のメールボックスに、学内郵便局からの年賀状案内が届いていました。えっ、もうそんな時期?! 10月も残すところ1週間なのですねぇ。

さてさて、今日は勝手にブログのご紹介。

名古屋市内の私立高校で図書館司書と教員を兼任していらっしゃるニキタさんの「学校図書館とつきあう」です。http://blog.goo.ne.jp/ttbkkrk/

こういう司書さんのいる図書館なら、さぞかし居心地良いだろうなぁ。私が学生だったら、休み時間も放課後も、見つからなければ授業中も、ずっと入り浸っているだろうなぁ。

たとえば「月曜日大作戦」と名付けられた新着本配架日。お昼の来館者が55人ってスゴイと思いませんか。 高校の規模にもよるでしょうけれど、新着本目当てに50人を超える学生がお昼休みにやって来るのです。このことひとつをとっても、彼らにとっていかに図書館が身近な存在であるかが想像できます。

とくに思春期の読書というのは、その後の人生に大きな影響を及ぼすもの。そう考えると、本と生徒に愛情を注ぐニキタさんのような先生の存在は、ほんとうに貴重で、その地道な努力には、ただただアタマが下がります。

思わず胸が、熱くなってくる♪

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2006年10月16日 (月)

秋の夜長はジェームスふたりと過ごすのさ♪

今日も良いお天気でした。気温はまだまだ高め、けれど日の落ちるのは早くなった。やっぱり10月も半ばです。

ここ数日、文章表現法の課題がEメールで届く。次回授業時にプリントアウトの提出も予定しているけれど、その前にまずはEメールでね。これならコピペで佳作を紹介できるもん。

ざっと見てても、それなりに形になってるのは、やっぱり柔らかアタマのおかげかな。どこかで見たような、聞いたようなセリフもあるにはあるけど、挑戦課題のライミングも頑張ってる。メール受付終了まであと5時間、駆け込みさんも頑張りましょう。一応「受けとりましたよ」の返信メールを送っているので、だからみんなぁ~、早く送って頂戴な。私の夜は早いのよ。

さてさて、いまこれを書きながらのBGMは、ジェームス・モリソン。ちなみにもうひとりのジェームスはブラントね。

英語が苦手なくせに、聞くのは洋楽(←古いねぇ~なんせ、60年代生まれだから)がほとんど。いちいち歌詞を見ているわけじゃないから、歌の中身がよく分かっていない、なんてこともしばしばで。それもどうかとは思うけど、想像の余地、いや時に誤解?があって好きなのさ。

今年前半は、久々に来日のマドンナなを聞き続け、合間合間にブラントで、秋に入ってモリソンもという次第。

いま無料でマドンナのビデオクリップが配信されてます。http://streaming.yahoo.co.jp/p/t/00107/v00394/21/

ただ懐かしいだけじゃなくて、時代のパワーを感じて、カラダ中の細胞がピコピコ動き出す。いまももちろんマドンナは現在進行形。同じ時代を生きてる私も現在進行形。

ブラントとモリソン、20年後のふたりはどうなっているのだろう。まっ、そんな先を思うより、今の彼らを楽しまないとね♪

モリソンのCDが終わったと思ったら、日本語らしきものが流れ始めた。いったい誰の趣味? これは椎名林檎ではないか。聞いただけでは分かり辛いところが似てるって? ちょっと違うような気もするけれど・・・・。

あっ、今日から始まるんだ!「のだめカンタービレ」。この際ジャンルはさておいて、秋の夜長を楽しみましょっと。

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2006年10月15日 (日)

織り姫ふたり。

昨日幼なじみと会った。小・中・高校時代を通して、今も交流があるのは唯一彼女だけ。初めて口をきいたのが小学校4年生のときだから、もう軽く30年超えてるな。

一年に一度でなくちゃいけないわけじゃない。でもお互い、頻繁に茶飲み話をするほど暇でもないし。ただこの季節、ふたり同じの誕生日を迎えると、「ちょっと会おっかぁ」となる。

家族のこと、仕事のこと。定点観測にはならない。なぜって、それぞれビミョウーに、いや大きく、変わり続けているから。その変わったことを、素直に認め合える。

とくにここ数年、「前より(って30年以上前ってことか?)ゼッタイ良くなったよ」って褒められて、わたしは嬉しいよ。うほっほ。

彼女がいま従事している仕事は、私から見れば、大変だろうなぁ~のひと言に尽きるもの。でも彼女は、「今までの仕事の中でいちばん自分に向いていると思う」と言う。

「よく人に、『大変でしょ』って言われるけれど。でもこの仕事、相手から頂くものの方がずっと多いんだよ。『ありがとう、ありがとう』って感謝されてさ。こっちの方こそ、『そんなに感謝してくださって、ありがとうございます』なのに」。

ただ、若くてやる気があってという人が、学校出たてでこの業種に入ってくると、潰れてしまう場合が多いらしい。

その訳は・・・・。彼女の話に、なんとなくヒントがあるような気がした。

「この歳くらいになると、厄介なこと、片付かないことっていろいろあるじゃない。血のつながりとか、これまでの過去、歴史があるわけだから、真っ新な気持ちでやり直すって訳にはなかなかいかないし。割り切ったつもりでも、あれこれ考えなきゃいけないことは出てくるし。ひとり静かに思い悩む。その姿を身近な家族には悟られたくないって思いもあるし。ただね、結局のところ、人は人によってしか、癒されないのよ」。

たしかに。人と関わることで生じる面倒くささはいっぱいあって。傷ついたり傷つけられたい。悲しんだり悲しませたり。理解し合えないことに苦しんだり。でも、だからといって、人と関わることをやめてしまったら・・・・・それは勇気がないってだけのことかもしれない。自分ひとりの世界を心静かに平和に保っているつもりが、実は明けない夜の堂々巡りということもあるだろうし。

「もう私なんて、日々起きることの大半は、さっさと流しちゃってるから。瞬間、カチンってくることがあっても、まっ、そういう人もいるな、ちょっとアタマくるけど、ってくらいのもんよ。だいたいね、仕事のことで悩めるってさ、それって私に言わせりゃシアワセなことよ。仕事のことで悩むって、さしあたりの悩みがそれくらいってことでしょ。命とられるわけでもあるまいに」。

たしかにね~。そりゃそうだ。

つまりこの、人生に起きるどうしようもない厄介さと向き合って、それは人と関わる、関わらざるを得ない逃げられない状況に身を置くことでもあるのだけれど、そこでともかくもあれこれやるという経験が、大切だということ。

優しいだけでも済まないし、優等生だけではそもそもやってられないし、正義を振りかざしてばかりじゃコトは進まない。自分の中にあるマイナスをしっかり見据えた上で、ホントしょうがないな~なんて思いつつも、あえて人に関わる勇気をもって心を開いたとき、おそらくは自分と同じように厄介なことに向き合いながら長年生きてきた人の、「ありがとう」のひとことが、重く暖かく感じられるのかもしれない。その重さを重さとして、暖かさを暖かさとして感じられるかどうか。

「人は人によってしか癒されない」。

帰り道、彼女のことばをじっくり味わった秋の一日でした。

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2006年10月 9日 (月)

ただそれだけのこと、ですが・・・。

しばらく前に株式上場で話題になったmixi(ミクシィ)。

そのなかの多種多様なコミュニティには、たとえば同窓会的集いの場があったりします。最近わたしがよく覗いているのは出身高校のコミュニティ。なかでも40代以上が書き込みをするコーナー。

当初は、思い出ばかりを書き合ってもなぁ~と、ただ眺めているだけだったのです。けれど懐かしい先生の名を目をして、思わず私も書き込みをしました。

人生も半ばを過ぎて、郷愁に耽っているの?

いやそれは、ちょっと違うような気がします。たしかに30年も前の先生ネタで楽しむなかに、心地よい、あるいはほろ苦い、懐かしさが漂うのは事実です。けれど、書き込みを眺めていると、あぁ、あの先生にはそんなところがあったのか、という今更ながらの発見があります。しかも書き込んでいる人たちも、あの頃の先生方と同じような歳になりました。

それまで平面に単色でしか描けなかったものが、複数の記憶によって、丸みや陰翳を帯びて立ち上がってくるような気がします。複数の記憶も、それなりに歳を重ねた人たちの脳裏に甦るそれ。当然のことながら、10代の頃の記憶そのままではありえません。その後の30年を経て、いま思い出すこと、思い出したいことなのです。

そう、郷愁と笑うことなかれ。

いま、生きてここにあるからこそ、思いめぐらす過去もある。そして、だからこそ、夢見る明日もあるのです。

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