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2007年1月20日 (土)

台湾進出プロジェクト①

昨年末、Sさんから思いがけない誘いを受けた。

これまで同窓の友人たちと編集・発行してきた日本語関連本4冊(注)を、Sさんの協力のもと再編集し、台湾で売り出さないかという夢のようなお話。

Sさんは台湾からの留学生で、専門は日本の中世文学、私たちにとっては同窓生でもある。修士課程修了後、いったん帰国し、台湾では出版社に勤める傍ら、非常勤講師としてして大学で日本語および日本文学関連の授業を担当していた。そして現在、博士論文執筆のため、再びの来日中である。

プロの編集者であり、彼女自身もまた日本語学習本を何冊も執筆している。総売上げ部数は、軽く2万部を超えるという。

しかも2005年には、『陰陽師與平安朝之旅』という台湾の人向け京都案内本まで執筆してしまった。安倍晴明の足跡を追いながら、京都の景物を紹介解説するその内容は、日本の古典文学研究者である彼女の知識とセンスをあますところなく伝えている。

ただしこちらは台湾国内での販売。みなさんにご覧頂けないのが本当に本当に残念!!

掲載された写真の多くも、彼女自身の撮影によるもので、タクシーを借り切っての取材とはいえ、たったひとり、わずか2日間でよくぞここまで、とただただ感心せずにはいられない。

清明ゆかりの地に加えて、「鉄輪の井戸」「白峰神宮」「祇王寺」「小督塚」「鞍馬寺」といったラインナップ、しかも紹介されている書店が「法蔵館書店」ともなれば、思わずニンマリしてしまうのは、私だけではないだろう。

そういう才能豊かな彼女が、私たちの日本語関連本をぜひ台湾でも、と声をかけてくれたわけだ。これが喜ばずにいられようか。

メンバー全員もちろん快諾。彼女の協力を得てのこのチャンス。 残るは版権の問題だったが、こちらも再編集しての出版ということで、三弥井書店さんには、「頑張って下さいね」との励ましの言葉とともに快く理解していただけた。

名付けて「台湾進出プロジェクト」 いざ発進!

進捗状況につきましては、このブログにて、随時ご報告いたします。どうかみなさま、暖か~く見守っていただければ、これ幸いでございます。

(注) 三弥井書店から、好評(たぶん)発売中の4冊は以下の通り。

名古屋大学日本語表現研究会編

『書き込み式 日本語表現法』(1,680円)←「技能編」と「知識編」の二部構成からなるワーク形式のテキスト。通年授業に対応。別冊で解答と小テストも付いてます!

『書き込み式 日本語練習ノート』(1,260円))←「技能編」と「知識編」の二部構成からなるワーク形式のテキスト。半期授業に対応。別冊で解答と小テストも付いてます!

『日本語上手。ひと味ちがう表現へ』(1,575円)←身近な例題や最新の話題を図版や写真と共に盛り込み、楽しく・面白く・書く気にさせる文章読本。

名古屋大学日本語研究会GA6編 (←私は応援団として協力)

『ふしぎ発見! 日本語文法。』(1,680円))←日本語の文法をめぐる身近でふしぎな現象を提示しながら、丁寧な説明と豊富な練習問題で文法研究の面白さを味わえる参考書。教員用の手引きと解答例もご用意しています。

詳しくは、三弥井書店のHP↓でご覧下さい。

「三弥井書店へようこそ」 http://www.miyaishoten.co.jp/main/001.html 

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2007年1月17日 (水)

「ろう文化」

講師に澁谷智子さんを迎えての「ろう文化研究の現在」というセミナーに参加した。

学内に掲示されていたポスターを何度か目にし、そこに描かれていた手話のデザインに惹かれて、澁谷さんのお名前もご研究も知らないままに飛び入り参加。

現在、澁谷智子さんは日本学術振興会特別研究員で、非常勤講師としていくつかの大学で授業を担当されています。本学教員による講師紹介によれば、2000年12月に東京大学大学院総合文化研究科に提出された澁谷さんの修士論文「「ろう文化」と「聴文化」の間―コーダの文化論的考察―」は、知る人ぞ知る画期的な内容で、研究者によってしばしば引用されるものだそうです。

そこで遅ればせながら、さきほどGoogleでお名前を検索してみました。すぐにホームページを発見。そこには、「「研究」し「母」する生活」との一節ともありました。

http://shibuto.hp.infoseek.co.jp/index.html

思わず私も、30代の頃の自分を懐かしく思い出します。

さて、「ろう文化」というのは、ちょっと聞き慣れない言葉です。そもそもは、公民権運動の広がりと、手話も独立した言語であるという言語学における手話研究の発展に伴って、アメリカで生まれた思想とのこと。日本では1995年に木村晴美・市田泰弘両氏による「ろう文化宣言― 言語的少数者としてのろう者 ―」という論文が『現代思想』に発表され、それを機に広く知られるようになったようです。

澁谷さんのお話でとりわけ印象的だったのは、「CODA(コーダ)」の存在と、彼らの言語感覚でした。

CODAとは、「Children Of Deaf Adults」の略号で、聞こえない親を持つ聞こえる人々のことを表す用語。聞こえない者同士の間に子どもが生まれた場合、ほぼ90%の確率で聞こえる子どもが誕生すると言います。したがって、彼らは幼いときから多様なコミュニーケーション手段を用いて親と意思疎通を図ることになるわけです。

たとえば、子ども自身は聞こえて話すことができたとしても、生育過程で身に付いた手話の方が得意という場合も当然ありえます。そうしたCODAと称される方々に、澁谷さんが聞き取り調査をされた際、ひとりの女性が「可笑しいでしょ」と言って披露してくれたエピソード。

聞こえない親を持つ彼女は、結婚して間もない頃、夜眠っているときに手を動かすことがあると夫に指摘されたそうです。不審に思ってしばらく観察していた夫によれば、それはどうやら手話による寝言らしいと。

手話で寝言?!

言語のひとつとして手話に慣れ親しんできた彼女にとっては、寝言もまた手話で表現するのがごくごく自然なことだったわけです。

セミナーで、澁谷さんが紹介して下さった丸地伸代さんの論文は、CODAと呼ばれる方々の言語感覚を考える上でとても興味深いものでした。以下に転載させていただきます。

日本語と手話とは全く違う言語です。その二つの言語を私はその場その場で本能的に選択していました。日本語を話す場合は、話さなければならない内容を、いったん手話でまとめた上で、それを日本語に翻訳していたのでしょう。この作業を無意識のうちに行っていたのです。聴者との会話の中では、しばしば返事をする時にタイムラグが出ました。また、想いや考えなどを話すときには、相手によっては黙り込んでしまよううに見ていたようです。

・・・・・(中略)・・・・・

手話は目で見る言語です。目の前に一枚の映像があり、その隅々まで捕らえられたものを丸ごと情報とするのが手話で、一方映像の中心にある木や人物のようなものだけを情報とするのが音声語のようです。ですから、手話を音声言語に翻訳するときはいつも「ものたりなさ」を感じます。どうしても自分の見える情報の全てを伝えようとするために、日本語が追いつかなくなるのです。ことばの数を、聴者が話す日本語にふさわしい情報量に落とすために取捨選択する術を、私は持ち合わせていないのです。

  (丸地伸代「ろう者と聴者の間で―CODAという名のマイノリティ」『月刊 言語』2000,7)

目で見る言語としての手話。

声の不在をとおして改めて「言語」について考える貴重な時間でした。

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2007年1月15日 (月)

想像力、そして希望。

先週末、勤務校で開催された「アジアの中の韓国日本研究」のワークショップおよび国際シンポジウムにスタッフのひとりとして参加した。

韓国ソウルにある東国大学校の教員・院生・学部生総勢9名と、コーネル大学から酒井直樹さんを迎えて過ごした3日間。

12日(金)ワークショップA 「韓国の若者文化の現在―みる・まなぶ・語り合う 韓国文化―」

13日(土)国際シンポジウム「アジアの中の日本研究/韓国研究の現在」

14日(日)ワークショップB 「韓日大学院生による研究交流発表会」

主に私が企画担当したのは初日のワークショップA。附属高校で希望者を募り、韓国・日本の大学生・院生と韓国文化について語り合ってもらおうとの試み。当日は附属の入試日と重なり高校は休みであったにも関わらず、20名の高校生が参加してくれた。三つのテーマ(音楽・衣食住/文学・歴史/映像・漫画)に分かれ、韓国の雑誌やCDなどを切っ掛けに高校生からの疑問・質問に応えてもらう形で進行。

果たして高校生は積極的に発言してくれるだろうか?

主催者側の心配をよそに、どのグループも話題の途切れることはなかった。高校生のコミュニーケーション能力の高さに軽い驚きを覚える。最後にグループを代表して、高校生に討議の内容や感想を発表してもらった。いずれも臆することなく、自身の意見や感想を交えつつ全体をまとめる力量に、これまた感心。まさにあっという間の2時間30分だった。

もちろんこのワークショップが無事終えられたのには、通訳を担当してくれた留学生、司会進行を努めてくれた学部生、盛り上げてくれた院生の協力があったことは言うまでもない。みなさん、ありがとう。

そして、多忙な校務の中、この企画に協力してくださった附属の先生方に感謝です。同時に、彼らのような魅力的な高校生を育てる先生方は、ほんとうにスゴイ。ローマは一にして成らず、ですから。

翌13日は国際シンポジウム。基調講演をされた酒井直樹さんの来校は今回で二度目となる。先回は日本近代文学会大会の折、それは図らずも9.11直後の、いまだ衝撃醒めやらぬ時だった。あれから世界はどう変わり、そしていま私たちが考えるべきは何なのか。決して明るいとは言えない世界情勢のなかで、それでも弛まぬ真摯な思考の必要性というメッセージを受けとった気がする。

つづく東国大学校と勤務校の教員4名による研究発表は、文学・歴史学・社会学といった異なる専門からのアプローチであり、日韓に横たわる研究課題の多様性と可能性を思わせるものだった。同時に、基調講演での酒井さんによる「比較」をめぐる問題提起が研究発表および討論とも有機的に結びつき、シンポジウム全体に奥行きと広がりを与えていた。

3日目の院生による研究発表7本も予想を超える刺激的内容だった。理由のひとつとして、今回参加して下さった東国大学校のみなさんが、「国語国文学科」所属であること、つまり韓国語・韓国文学の研究者であることが挙げられる。

従来日本で行われてきた韓日国際シンポジウムは、多くの場合、韓国の日本文学研究者を招聘してのものだった。けれども今回は、韓日それぞれの文学を研究する者同士が、その研究成果を発表したわけである。

それは今までにない新鮮な経験だった。韓国の文学研究の現在、その一端に直にふれられたことももちろんだが、発表の多くが、1945年前後を対象とする作品、あるいは時代が異なっても自らのアイデンティティーの確立、そこに至る葛藤や克服の過程に関わる点でつながるものだった。

ふたつの国を暗く蔽う過去は厳然としてある。けれども、いやだからこそ、そこに想像力をはたらかせる余地があり、「語り合う」べき課題があり、絶望ではなく希望の可能性を見たいと願う。

たやすい悲観ではなく、楽観に向かうための思考の継続、それを実践する心の強さを思う3日間・・・・・・なぁんてまとめたら、ちょっとカッコ付けすぎかな。

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2007年1月 6日 (土)

手相。

新春早々、いつもお世話になっている私にとってはmentorとも言うべき方と、同窓の友人と、3人でランチをご一緒した。

ゆっくりお話しするのは初めて、しかも私を除くふたりは全くの初対面。にもかかわらず、なごやかで楽しいひとときだった。昨今の大学を取り巻くあれこれに始まり、日常の出来事に至るまで、話題はあっちこっちに飛びつつの3時間。

そのなかで、mentorさんが私の掌に目を留められたので、見ていただいた。

しげしげと見つめること30秒。

で、出たひと言が、「アナーキー」。

うっそ~~?!

でも友人は、「そりゃそうでしょ」という顔でニヤニヤ笑ってる。

mentorさんによれば、昨今は45歳位からが漸く大人の仲間入り。つまり今までは、長~い修行期間。そしてまさにこれからが、本領?発揮となるそーな。

にしても、「アナーキー」ですぞ。

はてさてどんな展開が待ち受けているのやら。

不安より、思わずワクワクする私はやっぱり・・・・・・・なのかもしれません。

(注) 「mentor」とは「賢明で信頼のおける助言者」の意。

「mentor」を辞書で調べたら、「大学の指導教員」という意もありました。でも、本来の意の役割を果たせる教員はなかなかいませんね。ちなみに上記の方は、その意味でもまさに「mentor」であり、現時点では、本業副業いずれにおいても、残念ながら占い師でさんはありません。念のため。

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2007年1月 1日 (月)

今年も・・・・・Part2

あけましておめでとうございます (*^_^*)

いつもこのHPにお立ち寄り下さり、ありがとうございます。

今年も、突き抜けた「ひとりごと」を目指し、日々自らを叱咤激励し続ける所存です。

どうか引き続きご愛読の程、よろしくお願い申し上げします。

実物をご存知の方、またご存知ない(幸い)な方、いずれのみなさまにとっても、2007年が素敵な年となりますように。

みなさまのご健康とご多幸をお祈りしております !(^^)!

                                2007.1.1 センツルこと榊原千鶴

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