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2007年1月15日 (月)

想像力、そして希望。

先週末、勤務校で開催された「アジアの中の韓国日本研究」のワークショップおよび国際シンポジウムにスタッフのひとりとして参加した。

韓国ソウルにある東国大学校の教員・院生・学部生総勢9名と、コーネル大学から酒井直樹さんを迎えて過ごした3日間。

12日(金)ワークショップA 「韓国の若者文化の現在―みる・まなぶ・語り合う 韓国文化―」

13日(土)国際シンポジウム「アジアの中の日本研究/韓国研究の現在」

14日(日)ワークショップB 「韓日大学院生による研究交流発表会」

主に私が企画担当したのは初日のワークショップA。附属高校で希望者を募り、韓国・日本の大学生・院生と韓国文化について語り合ってもらおうとの試み。当日は附属の入試日と重なり高校は休みであったにも関わらず、20名の高校生が参加してくれた。三つのテーマ(音楽・衣食住/文学・歴史/映像・漫画)に分かれ、韓国の雑誌やCDなどを切っ掛けに高校生からの疑問・質問に応えてもらう形で進行。

果たして高校生は積極的に発言してくれるだろうか?

主催者側の心配をよそに、どのグループも話題の途切れることはなかった。高校生のコミュニーケーション能力の高さに軽い驚きを覚える。最後にグループを代表して、高校生に討議の内容や感想を発表してもらった。いずれも臆することなく、自身の意見や感想を交えつつ全体をまとめる力量に、これまた感心。まさにあっという間の2時間30分だった。

もちろんこのワークショップが無事終えられたのには、通訳を担当してくれた留学生、司会進行を努めてくれた学部生、盛り上げてくれた院生の協力があったことは言うまでもない。みなさん、ありがとう。

そして、多忙な校務の中、この企画に協力してくださった附属の先生方に感謝です。同時に、彼らのような魅力的な高校生を育てる先生方は、ほんとうにスゴイ。ローマは一にして成らず、ですから。

翌13日は国際シンポジウム。基調講演をされた酒井直樹さんの来校は今回で二度目となる。先回は日本近代文学会大会の折、それは図らずも9.11直後の、いまだ衝撃醒めやらぬ時だった。あれから世界はどう変わり、そしていま私たちが考えるべきは何なのか。決して明るいとは言えない世界情勢のなかで、それでも弛まぬ真摯な思考の必要性というメッセージを受けとった気がする。

つづく東国大学校と勤務校の教員4名による研究発表は、文学・歴史学・社会学といった異なる専門からのアプローチであり、日韓に横たわる研究課題の多様性と可能性を思わせるものだった。同時に、基調講演での酒井さんによる「比較」をめぐる問題提起が研究発表および討論とも有機的に結びつき、シンポジウム全体に奥行きと広がりを与えていた。

3日目の院生による研究発表7本も予想を超える刺激的内容だった。理由のひとつとして、今回参加して下さった東国大学校のみなさんが、「国語国文学科」所属であること、つまり韓国語・韓国文学の研究者であることが挙げられる。

従来日本で行われてきた韓日国際シンポジウムは、多くの場合、韓国の日本文学研究者を招聘してのものだった。けれども今回は、韓日それぞれの文学を研究する者同士が、その研究成果を発表したわけである。

それは今までにない新鮮な経験だった。韓国の文学研究の現在、その一端に直にふれられたことももちろんだが、発表の多くが、1945年前後を対象とする作品、あるいは時代が異なっても自らのアイデンティティーの確立、そこに至る葛藤や克服の過程に関わる点でつながるものだった。

ふたつの国を暗く蔽う過去は厳然としてある。けれども、いやだからこそ、そこに想像力をはたらかせる余地があり、「語り合う」べき課題があり、絶望ではなく希望の可能性を見たいと願う。

たやすい悲観ではなく、楽観に向かうための思考の継続、それを実践する心の強さを思う3日間・・・・・・なぁんてまとめたら、ちょっとカッコ付けすぎかな。

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