« 2007年1月 | トップページ | 2007年3月 »

2007年2月25日 (日)

あえて理由を考えると。

「DREAMGIRLS」を観た。

Beyonce Knowles は美しいし、“衝撃の新人”と騒がれているJennifer Hudson の歌唱力も圧倒的だった。その意味では、まさしく「前評判通り」。

つまり、ガッカリすることはなかった。けれど、意外性もなかった。以前「CHICAGO」を観たときのような興奮は覚えなかった、というのが正直な感想。

「CHICAGO」のストーリーはほとんど忘れてしまった。でも、血が騒いだ。その記憶はハッキリ残っている。映画も読書も、私にとってはそれがイチバン大切なこと。

そこで改めてパンフレットを引っ張り出してみた。

Renee Zellwegerという女優が好きなことももちろんある。けれどたぶん、「DREAMGIRLS」のような人の「成長物語」にあまり興味がもてないからだろう。

あの頃は幼くて何も分かっていなくて愚かだったわ・・・・・というより、どこまでいっても確信犯でしたたかな方が、潔くて好き、ということです。

| | コメント (2)

2007年2月18日 (日)

しばらく前に読んだ本。

年末の大掃除でいったん片付いた机の上に、また文庫の山ができている。それを眺めて遅まきながら気が付いた。8割方は女性が書いた本。読みたいと思って購入した結果、とはいえ相当に偏った人間なのかもしれない。

何をいまさら、と言われそうだけれど。仕方ないです。自分のことはなかなか分からないものです。

そんな文庫の山中で、しっかり存在感を示しているのが岩上安身『あらかじめ裏切られた革命』(講談社文庫・2000年・1,429円税別)(←米原万里さんオススメのノンフィクション)。京極夏彦にはまだ及ばないけれど、862頁はきっと充実した中身の表れなのだろう。

あっ、これは、「しばらく前に読んだ本」ではなくって、「これから読む本」です。フジテレビ「とくダネ」木曜日コメンテーターの岩上さんの本なんだぁ~というミーハー興味で購入してみました。読了はいつになるかな。

しばらく前に読んだのは、浜野佐知『女が映画を作るとき』(平凡社新書・2005年・740円税別)です。なぜこの本を手に取ったのか、話せばミジカイお話です。

ご存知の方は先刻ご存知でしょうけれど、で、日本文学研究者でもご存知ない方はまったくご存知ない、尾崎翠という作家がいます。私も、オザキミドリの名を初めて聞いた日から、まだ10年経っていません。

その尾崎翠という作家と彼女の作品を描いた映画「第七官界彷徨―尾崎翠を探して」を制作監督されたのが浜野さんです。近時、同じく尾崎翠の『こほろぎ嬢』も映画化されたとのニュースに、どちらも未見の私は、浜野さんとはいかなる人物か、興味を覚えてこの新書を購入したのでした。

浜野さんは、30年以上にわたって300本を超える映画を監督された女性。

えっ、300本! それほど多くの映画を監督されていた、しかも女性監督が日本にいらした。正直、初耳です。

浜野さんも書いていらっしゃるとおり、(一般には、というか、1996年の東京国際映画祭での公式発表では)、日本の劇映画で、女性監督として最も多くの映画を撮ったのは田中絹代さんの6本、と言われているそうです。

ご存知ない方のために。田中絹代さんは昭和を代表する映画女優です。と言っても、私は映画はあまり存じ上げません。印象深いのは、日本テレビで放映されていた倉本聡「前略おふくろ様」のおふくろ様としてです。現在放映中の「拝啓父上様」は、その平成版なのでしょうか。二宮クンの役に相当する(だろう?)板前を演じていたのが、ショーケンこと萩原健一サン。いまは監督業もこなす桃井かおりチャンもご出演あそばされていました。このふたりの名前を続けて打っていると、ついつい映画「青春の蹉跌」を思い出すのは私だけでしょうか? ハイ、言われなくても、中年です。

余談ですが、かおりチャンがこの前、映画の待ち時間中、近くにあった公園の鉄棒相手に、「子供の頃、逆上がりが出来なかったのよね~」と言いながら試しにやってみたら、すんなりできたとある番組で語っていました。

「50歳になるというのは、それまで出来なかった逆上がりがデキルということなんだって思った」と。

何だか元気の出る話ではございませんか。

でもって、話は戻ります。そう、なぜ浜野さんの35年を越すキャリアと300本を超える作品が黙殺されるのか。それは、浜野さんの300本がピンク映画だから。(ロマンポルノが日活の商標だというのは、今回初めて知りました。ヤマハのエレクトーンが電子オルガンの代名詞として使われるのと同じ?!)

50代を前にして、その公式発表を耳にした浜野さんは愕然とします。ちょうどその頃、長年コンビを組んできた脚本家の山崎邦紀さんから、「誰も映画化なんて思いつかないような、シュールな作品」として勧められたのが尾崎翠だったそうです。

ここから浜野さんの人生も大きく大きく変化して行くことになります。

「女性でありながら」ピンク映画を撮るということで、彼女を白眼視してきた人の多くが女性でした。けれど、映画化を目指して奔走する彼女に協力を申し出たのもまた女性でした。

本書に掲載されている2001年東京国際女性映画祭での記者会見の写真。そこに、浜野さん、羽田澄子さん、高野悦子さんと、三人の女性が居並ぶ姿には、思わず胸が熱くなります。

浜野さんには、尾崎翠をめぐるこの2作品の間に制作した『百合祭』というこれまた話題になった作品があります。いずれも未見で、感想を書けないのが残念ですが、東京近郊にお住まいの方はぜひ、ご覧になって下さい。

  「旦々舎」 http://www.h3.dion.ne.jp/~tantan-s/

私も、名古屋での上映会を、心待ちにしております。

| | コメント (2)

2007年2月 8日 (木)

遺作と絶筆。

米原万里『打ちのめされるようなすごい本』(2006年10月・文藝春秋・2,400円)を読んでいる。米原さんはロシア語会議通訳にしてエッセイスト・作家。

そのお顔は、時にTBS土曜夜「ブロードキャスター」のコメンテーターとして拝見することはあっても、著作を手にすることはこれまでなかった。ただ、昨年5月の早すぎる逝去、それに伴う遺作としての本書の刊行を知って、購入した。

本書の前半は『週刊文春』に連載していた「私の読書日記」、後半はここ10年の間に各紙誌に執筆した書評140編からなる。

読み始めてすぐに、その語り口に魅せられ、今日新たに学内の書店で『不実な美女か貞淑な醜女か』・『ヒトのオスは飼わないの?』の2冊も手に入れた。

1996年の時点で、「ここ二○年ほど一日平均七冊を維持してきた」という読書量に加え、守備範囲の広さに圧倒される。ただ、「私の読書日記の」の最後は、「癌治療本を我が身を以て検証」「(同)その二」「(同)その三」と続き、治療法を求めての待ったなしの日々の中での読書であった。

彼女が取り上げたガン治療に関する本の多くは、私もしばらく前に集中的に読んだものだ。家族が相次いてガンに罹り、入院手術が続く中で、彼女同様わたしも、インターネットと治療本によって、片っ端から情報収集をしていた。

何を隠そうこのHPを立ち上げたのも、実はそうした切羽詰まった状況のなせるわざだった。引っ越し前のHPで、「日々あれこれ」と名付けたいわゆるブログを書き始めたのが2005年元旦。手にした本の読後感を綴った「おすすめ」でも、ガンに関する本を取り上げている。それはちょうど3度にわたる入院手術を終えてひとりが自宅に戻り、それと入れ替わるように、次なる入院手術を控えたひとりを含め、何とも静かな正月を家族と過ごしているときだった。

HPなんぞを立ち上げている場合ではない。にもかかわらず、いやだからこそ、語れぬ「思い」を、たとえ題材は異なろうとも、「書く」という行為によって手放したかった。「誰か」に向かって書くことで、自らの冷静さを保持しつつ気持ちの整理をする場がほしかった。

あれから2年。

米原さんが自身のガンに気付く切っ掛けとなった病気は、私も20代の終わりに経験したものだ。私の場合は、30代後半でも再び似たような病気に罹り、いずれも開腹手術を経験するハメとなった。米原さんと異なるのは、少なくともその時点で私の病巣にガン細胞は見あたらなかった、ただその一点に過ぎない。

「私の読書日記」の終わり近くは、彼女自身の闘病記となり、それが2006年5月18日の『週刊文春』掲載分をもって閉じられているのは何ともやるせない。だがそれ以上に、思わず胸が詰まったのは、新潮文庫『不実な美女か貞淑な醜女か』(2007年12月、第17刷)の末尾に付された「編集部注」だった。

そこには、編集部宛に送られてきた読者からの手紙と、それに対する米原さんの返信が掲載されている。読者の手紙の内容は、『不実な美女か貞淑な醜女か』に引かれたツルゲーネフの「アーシャ」と二葉亭四迷によるその翻訳に関して、原文引用の誤りと四迷の翻訳のセンスを指摘するものだった。

返信で米原さんは、率直に自らの誤りを認めると共に、読者にお詫びと感謝の気持ちを記し、

早急に拙著のその部分は書き直します。その際には○○さんのお名前とお手紙の一部を引用してもよろしいでしょうか。(P.329)

と書き添えている。この手紙の日付が2006年5月10日。

そして5月25日に彼女は亡くなる。編集部によれば、この箇所をどう直すか、彼女は最後まで気にしていたという。自らの手による補訂は遂にかなわなかった、その心中を想像すると、どうにもたまらなくなる。

| | コメント (4)

2007年2月 3日 (土)

本年度の授業評価。

一昨日、非常勤先のN大学から「学生による授業評価」の結果が届いた。

結果はまあまあかな。全18項目の内、学生自身の出席率および授業態度に関する4項目を除いての15項目の私の平均値は4.46。(あっ、満点は5点ね)

「文章表現法」を担当するのはたしか7年ぶり。これまでの専門の講義(最近は、何が専門なのか、自分でもちょっと分からなくなりつつあるけど)とはちょっと違うので、どうなるかと少し不安だった。テキストの作成には関わっているけれど、実際イマドキの学生が、文章を書く上で何に戸惑いを感じているのか、どういう+αを望んでいるのか、読み切れていない面もあったから。

「授業評価」の自由記述欄を見ていると、「○○になったつもりで」というテキストのコンセプトを、彼らがすんなり受け入れてくれていることが分かって、ホッとしたし嬉しかった。毎回授業中(ときには宿題として)に書かせた課題も、負担というよりそれなりに楽しんでくれていたようだし。もちろん、次回授業時には必ず、チェック(短いコメント付き)した課題を返却することは欠かさなかったけれど。

学生が楽しんでくれるのは何よりで、実際に玄人はだしの作品もいくつかあったから、今年の秋の授業では、昨年の優秀作品として紹介することに今から決めている。ちゃんと保管しておかないと。

ただ、いくら私が「使いやすい」と言っても、学生が「面白いテキストだった」と書いてくれても、それが即、売り上げに結びつかないのは、何ともはがゆいことであります。

テキストをお贈りした教員の中には、私が執筆担当した箇所の、「ラップ」を作るという試みがさっぱり分からない???と感想を漏らされた方がいて。だからと言って、そもそもラップというのは・・・・なんて、出前で説明に伺うわけにも行かず。

もちろんこれは、年齢とは関係のない話。それが救いと言えば救いではある。やはり口コミがイチバンなのかもしれないなぁ~~。

| | コメント (2)

« 2007年1月 | トップページ | 2007年3月 »