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2007年7月30日 (月)

渋谷敦志「撮るなら心をこめて」講演&写真展

夏休みの休日、報道写真家・渋谷敦志さんの講演&写真展(於:つながれっとNAGOYA)に娘と出かけた。

会場には、「国境なき子どもたち」の写真展「ラストフロンティア 東ティモールの光と影」の作品31点が展示されていた。その一部は渋谷さんのHPで見ることができる。http://www.shibuyaatsushi.com/

講演では、東ティモールだけでなく、これまで渋谷さんが訪れたアンゴラやパキスタンでの体験が写真と共に語られた。

何のために勉強をするのか、将来の目標も見出せぬままに、「笑っていいとも」を見てから高校に出かけるような生徒だったという渋谷さんは、あるとき図書館で一冊の写真集を手にする。それが報道写真家・一ノ瀬泰造との出会いだった。このときの衝撃が、その後の渋谷さんの生き方を決めることとなる。

余談だが、このあたりの思い出話を伺っていてふと私は、かつてNHKで放映されていた「サイゴンから来た妻と娘」というテレビドラマを思い出した。サンケイ新聞のサイゴン特派員だった近藤紘一さんの自伝をドラマ化したもので、主演は私が当時ファンだった林隆三さん、エンディングにかかる曲が印象的だったことを覚えている。

報道写真家になるという明確な目標ができた渋谷さんは、そののち立命館大学に進み、在学中に日本ブラジル青少年交流協会の研修制度によって、サンパウロの二宮正人弁護士の事務所で1年間働くこととなる。渋谷さんの訪れる地域が、多くポルトガル語を公用語とするのは、このときの経験を生かしてのことである。

ちょうど今回の講演に先立って、あしなが育英会会長・玉井義臣さんが渋谷さんのことを記した記事(読売新聞7月24日「遊友録」)を目にする機会があった。

「あしながTODAY」 http://www.ashinaga.org/today1_1.php

折しも記事を読んだその日、恩師(○先生)から暑中見舞いのメールを頂いた。○先生は、ここ数年来、子育ての不安や愚痴を書き連ねる私に、いつもユーモアとともに凛とした助言をして下さるまさに恩師である。先生はブラジルに留学されていた経験をお持ちなので、返信には、娘を連れて渋谷さんの講演会に参加する旨に「あしながTODAY」の記事を添えた。

すると早速にまたまた返信が・・・・・。なんと○先生は、渋谷さんが身を寄せた二宮弁護士、そして二宮氏の奥様とも、30年来の知り合いとのこと。しかも、今夏も講義&講演を兼ねてブラジルに出張される際には、再会を約されているという。

なんという偶然。あまりのことにびっくりした。その後、「日系社会の知性」として知られる二宮弁護士が、昨冬、私の母校で講演されたことも知った。何だかクルクルクルッと繋がって、人との出会いというのは面白なぁと思った次第。

さて最後に、思わずシアワセな気持ちになった渋谷さんの一枚をご紹介します。HPの「家族」の項に掲載されている2007年2月3日「今日の一枚」と題された写真。こうした母と子の平和な時間が、世界中どこにでも訪れることを願って。

http://ashibuya.tea-nifty.com/blog/cat6722981/index.html

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2007年7月21日 (土)

昨日の学内向けお知らせふたつ。

昨日の午前中、勤務先の廊下の柱にB5サイズ゙ほどの紙が貼ってありました。とても目立っていたので、思わず近寄って眺めたところ・・・・・・

差し歯(入れ歯?)が落ちていました。教務課に届けてあります。○月○日

ウッホ~~ ユニークな落とし物情報ではありませんか。

張り紙の真正面には、男女それぞれのトイレがあるので、かりにトイレの手洗い場に置き忘れられたのならば、おそらくそこに掲示されたはず。わざわざ柱に貼ったということは、もしかして廊下に落ちていたってこと? 

節電のため、日中は薄暗い廊下。そこをしずしずと歩いていると、視線の先に、差し歯がコロリン。ついついそんな情景を想像してしまいました。

でもなぁ、落とした人は違和感なかったのかな? 気付かないってこと、あり得るの?

教務に預けてあるって、いったいいつ、どういう顔をして取りに行くのでしょう。事務の窓口は狭いし、「あの~」って声をかけても、担当者はなかなか近くには来てくれないかもしれないし。そこで何て言うのかな。「あの~差し歯を・・・・・」って言った途端、一斉に注目浴びるだろうなぁ。きっと困ってるよね、落とした人。

そのうち同僚が、最近地下鉄の構内に、入れ歯回収箱なるものが設置されているとのたまわった。

イレバカイシュウバコ?! みなさんご存知でしたか。 私は初耳です。義歯に含まれる金属のリサイクルということなのでしょうけれど。協力するにしても、ちょっと人目が気になりませんかねぇ。

さて、午後になって、学内教員向けに事務方からメールが1通届きました。

Caution about poisonous mushrooms  「毒キノコ」に注意! 」

大学構内の山林には毒性の強いきのこが生えているので、それを採ったり、食べたり、人にあげたりしなように、とのおふれです。 

以前、食中毒被害も発生したので、笑ってはいられませんが、それにしても差し歯といい毒キノコといい、 ここはどこ? と一瞬思ってしまうお知らせでした。

 

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2007年7月16日 (月)

単なる勘違いですが・・・・・。

例年のことではあるけれど、とくにこの時期は体調が悪い。今年はそれが加速気味、かつ現在進行形。金・土・日の3日間、以前から予定していた行事をなんとか乗り越えることができて、今日は漸くの休日にホッとひと息ついている。

さきほど、ずっと鞄に入れたままだったG・C・スピヴァク、上村忠男訳『サバルタンは語ることができるか』(みすず書房)を読み終えた。いまちょうど、スピヴァクさん来日中ということもあり、遅ればせながら初めて著作を手にした次第。

インドで行われていた寡婦殉死 ― ヒンドゥー教徒の寡婦が、死んだ夫の火葬用の薪の上に登り、我が身を犠牲に供する、サティーと呼ばれる儀式 ― の慣習を検討する中で、従属的地位にあるサバルタンの女性について知識人は語ることができるのか、を論じた本書。前半を読みつつ、あぁ私はなんてアタマが悪いんだ、と、相も変わらずのアタマの悪さを実感した。

後半にいたって漸く、語ることができない、その声を聴いてもらえない存在を、私なりに想像し、できる範囲で理解した程度。

たとえば、ずっと関わっている『女訓抄』という作品。〈母から娘に向けて書かれた教訓書〉という装われた結構の奥に隠れている《顔》が見えてこない。メッセージは、どんな階層の女性たちに向けて発せられたのか、そして彼女たちはいかにそれを受け止めたのか。そこに迫らないと、多少なりと明らかにしないと、と思うのだけれど、難しい。

ところで、「サティー」という音について、『サバルタンは語ることができるか』は次のように説明している。

寡婦を指すサンスクリット語を慣例にしたがってアルファベット文字で転写してみれば sati となるだろう。これを植民地時代初期のイギリス人は suttee と転写した。(P.81)

ところが私は、初めて同僚が「サティー」ということばを口にしたとき、ごくごく自然にエリック・サティ(Erik Satie)を思い浮かべてしまった。おかげで今日も、文字を追う耳元で、サティやドビッシーの曲が流れだし、それをバックに焼かれる寡婦をイメージしてしまうことに・・・・・。単なる勘違いとは言いながら、寡婦殉死を美化してしまうようで、どうもこの組み合わせはマズイと反省。

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2007年7月 8日 (日)

(私的)梅雨をぶっ飛ばせ企画:第2弾

行ってきました、観てきましたよ、「ダイ・ハード4.0」!

不死身のマクレーン刑事は今回も健在。久々の「ダイ・ハード」。やっぱり音響と座席は大事、大事ということで、事前にネットで後方中央座席をゲット。迫力満点で、心なしか自分も揺れてる中、大画面に向かって何度も「ありえーん」と内心ツッコミ入れてました。

周囲を見回すと、中高年の、とくに男性が多い。きっと実生活では、娘に邪険にされているんだろうなぁ~~。そういうお父さんたちをほろりとさせる演出もあったりして、飽きさせない。

もう、どこまで不死身なんだ!! ブルース・ウイルス。

サイバーテロ組織の紅一点として、日本でもモデルとして活躍していたマギーQが出演している。彼女がこれまた強いの何のって。敵ながらあっぱれ、って、私もすっかりマクレーンに感情移入。キャンプインには間に合わなくて、ビリーは観ているだけという方に、オススメです。

ちなみに「梅雨をぶっ飛ばせ企画:第1弾」は、ここ1ヶ月ほど車中で流し続けているジェイク・シマブクロ。ウクレレと聞いて、牧伸二サンと高木ブーちゃんを思い浮かべたそこのアナタ。ソロヴァージョンの「While My Guitar Gently Weeps」なんぞを聴いたら、もう泣いちゃいますよ。いやもちろん、ウクレレ漫談もブーちゃんの歌声も、それはそれで素敵ですけどね。

気分だけでも常夏の、でもちょっと切ないハワイはいかが?

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