« 2010年4月 | トップページ | 2010年6月 »

2010年5月10日 (月)

岩田ななつ『岩佐美代子の眼』

久々の更新です。

ここ1ヶ月ほど、怒濤というか、あっちぶつかりこっちぶつかりの日々を過ごしておりました。(いや、まだ過去形じゃないな) プラス、訳あって、ツイッターを始めたことから、またまたいろいろなことが起きて、心身ともに落ち着きませんでした。

さて、今日ご紹介するのは岩田ななつさんが、日本文学研究者・岩佐美代子さんへのインタビューをまとめた『岩佐美代子の眼』(笠間書院、2009.11)です。

こちらブログに書く前に、先週、読了直後にツイートした内容をもとに、以下、記します。

リベラルな法学者であり、1945年8月10日東宮大夫となった穂積重遠が娘美代子に贈った歌。

昭和21年3月1日 岩佐美代子の家庭と参政との第一春を祝ふ  重遠 / 
春この日としははたちの花のいろ喜びありや家にも国にも

岩佐美代子氏、日本文学研究者。御年83歳。初めて論文を拝読したときの爽快感は忘れられない。4歳より13年間、昭和天皇第一皇女である照宮成子内親王のお相手を勤めた方でもある。

『岩佐美代子の眼』「第九章」「日本の天皇制とは」での発言。ここまで言い切るのは凄い!

P.184~P.185より引用
「皆さんご存じないけど、南北朝時代、後醍醐天皇と対立する北朝の天皇になられた光巌院なんて、ご自分で始めた戦争でもないのに、さんざん苦労なさった末、出家して戦没者の霊を慰めるために方々行脚なさった末、丹波山国の常照皇寺、今は枝垂桜で有名ですが、その淋しいお寺で、ただの一人の山寺の坊さんになって、おなくなりになったんですよ。他人から責任追及されたんじゃなく、自分の良心に聞いて、責任を果たされたんですね。」

この前後は、ぜひ、直接ご覧いただきたいです。

P.209より引用
「・・・・・だからって、女がなよなよ、甘ったれてはいけない。 普通の男と普通の女が、普通の顔して、協力して仲よく仕事できるようにならなければ。 それには男女ともに、もっと社会人として、大人にならなければいけないでしょうね。」
   
P.199より引用
「学界はやっぱり男の研究者が主ですから、女の視点で見ることがなかなか難しいし、そういう先生に教えられると、女でも男性視点の従来説が正しいかと思うようになるんですね。だから新しいことは、なかなか言いにくい。」

岩佐論文を読んだとき、なぜにあれほどの爽快感・開放感を覚えたのか、本書を読むことで分かったような気がする。それまで明確には意識できなかったけれど、ずっと抱いていた違和感が何によるものなのか。本当は何を求めていたのか。50歳を目前にして、漸くそれに気付けたということか。長かった?! いや、まだまだこれからでしょう。

| | コメント (0)

« 2010年4月 | トップページ | 2010年6月 »